はじめに
私は発達障害(ASD)があり小学1年から特別支援学級で過ごしています。母子家庭で兄弟もいなかったので放課後は子供が集まる施設に通っていました。小中学生の頃の私は下記リンクのような性格だった
学校で暴れ、家庭で叩く・蹴る自閉症息子。思春期のイライラも加わり…それでも「一人ではない」母の救いーーユーザー体験談【LITALICO発達ナビ】 (h-navi.jp)
集団で遊ぶ
私が小学校低学年の親が仕事をして家に帰っても誰もいなかったので、放課後は学校付属の施設に通っていました。(正式には親が通わせていた)神奈川の頃はある程度友達もできスタッフも親密になってくれいい思い出でした。宿題は帰宅後すぐに取り掛かりました。
VHSでアニメを見たり、レゴブロックとかで遊んでた頃が懐かしい
環境変化に適応できない
しかし転校先のトワイライトスクールでは宿題をしてから遊ぶというルールがあり、当時は融通が効かなく急なルール変更に耐えられずに癇癪を起こし、更に普通級の同級生に仲間はずれにされ一人の生徒と喧嘩をしてしまい。その際素手で窓ガラスを割ってしまいました。血は出ませんでしたがその後凄く謝りました。
正式にはヒビが入っただけ、小学生なのにやってしまった…
放課後デイサービスに入会
その後トワイライトスクールを退所しました。自業自得ですがこうした方がいいと思いました。
その後小4の秋頃に友人の親の紹介で放課後デイサービスに入会しました。そこでも私は癇癪を起こしたりわがままで相変わらず大変な人だったなと思いました。
しかし学校付属の施設と違う点がありました、それはスタッフが福祉に詳しいということです。障害のことを理解した上で叱ってくれて、高校生の頃、障害があるが故に学校で自傷したことや辛かったことを聞いてくれたので、デイサービスのおかげで自傷を辞めることができました。
本当にスタッフには感謝しています。
デイサービスに行ってなかったら今生きてない可能性もあった
普段どんなことをしてたの?
私の通っていたところでは平日は学習や運動、休日は料理や外出、レクなどを行います。夏休みとかには遠くに出かけることもありました。当然グループでの活動もあり障害の度合いが軽度から重度までさまざまな人と交流することもあります。デイサービスに行くたび、障害や個性に関する理解も深めることができたと思います。
デイサービスで友達もでき今もLINEで連絡している人もいるよ
デイサービスに通っていない世界線
もし私がデイサービスに行っていなかったら、土日はいつもひとりぼっちでつまらない日々を送り、学力は上がっても心や道徳が成長せず、障害者に対する見方が変わっていたと思います。二次障害と楽しそうな同級生の劣等感に耐えられず、悩みを聞いてくれる人がいないので、自分が爆発していたかもしれない。
劣等感は簡単に抜け出せない…
まとめ
発達障害は完治はできませんが、改善はできると言われています。最近はネットにも場合障害の改善方法が載っていています。(ネットの情報が全て正しいとは思わないが…)しかしネットでその情報を知ってもどう行動や努力するか迷ってしまうような感じがします。自分で解決するのは大事だけど、無理だと思ったら一人で抱え込まず色々なところに頼ってみるのもいいと思います。ここで「頼る人がいない」と考えた人もいると思いますが友人や家族、ネットでもいいので悩みを話してみるのをおすすめします。しかし発達障害に稀にいるのですが同じ悩みばかりを考える「発達障害だから~」って言い訳すると人が離れていくので気をつけてください。
皆さんが楽しく生きていけますように
人間一人では生きていけない
かんなぎNEO